2月1日のブログで、研究開発の過程で独自の評価方法を創作した例を紹介しました。 そのうちの一つ(インクジェットメディアの滲み改善)は顧客からの要求への対応なので、それなら開発途中の評価も顧客にお願いすればいいのでは、というご意見もあると思います。 そうすれば、評価法の開発、及びそれを用いた自社評価の手間が省け、顧客の評価なので間違いがありませんし、顧客との関係がより強固になるというメリットも考えられます。
しかし、知財面からみると開発品の評価を顧客にお願いするのは要注意です。 なぜでしょうか?
フィクションです。 化学メーカーA社は顧客である繊維メーカーB社の抗菌繊維に用いられる抗菌剤(繊維原料に配合して使用)の開発に取り組んでいました。 A社での検討の結果、化合物X、Y、Zが得られたのですが、A社はそれらを樹脂と混ぜ、繊維化する技術を持っていなかったので、その評価をB社にお願いしたところ、化合物Xが最も優れているとの結果が得られました。
A社としてはこの新規抗菌剤Xについて特許出願したいと考えます。 ところが、抗菌剤Xの優位性を確認したのはB社なので発明の完成に寄与があるとも言え、評価法の記載について助けも必要ですし、さらに素材メーカーと顧客との力関係もあってA社単独での出願は難しくなってしまいました。 結局、新規抗菌剤Xとこれを用いた繊維、繊維製品に関する特許をA社とB社の共同で出願することになり、その後、無事成立しました。
ここで日本の特許法では、共同特許について、権利者であれば自社実施は自由にできるが、第三者への実施許諾は他の権利者の承諾が必要、と定められています。(特許法第73条) これが曲者です。
まず、繊維メーカーB社は自由に抗菌剤Xを用いた繊維を製造・販売することができます。 一方、化学メーカーA社ですが、抗菌剤Xの製造・販売は可能で、抗菌剤Xの繊維への適用も可能なのですが、後者については繊維メーカーではないので実施することはないでしょう。 A社としては折角の新製品なのでB社以外の繊維メーカーにも展開したい、と考えるのは当然ですが、上述の特許法の制約があり、容易ではありません。 なぜなら、B社以外の繊維メーカーが抗菌剤Xを繊維に使うということはA社とB社の共同特許を実施することであり、それにはA社、B社、双方の許諾が必要となります。 繊維メーカーであるB社がライバルである同業他社に実施許諾するでしょうか。 となると、A社は抗菌剤Xを繊維用途についてはB社にしか販売できません。
B社がどっさり買ってくれればそれでいいじゃない、と研究者や営業担当者は言うかもしれません。(実際、言われたこともあります) ところが、B社がこの開発を断念、あるいは他社の材料を使うこととなり、結局、抗菌剤Xを購入してくれない、となる可能性もあります。(結構、よくあります) そうなったとしても共同特許があるので、やはり他社への販売が制約されてしまいます。
その対策として、顧客とはできる限り共同特許出願しない、そのためには安易に顧客に評価をお願いしない、ということになります。 先の例でいえば、試作品をB社に出す前に自社(A社)にてラボレベルで結構なので、樹脂に溶融混合し、細く引き伸ばしてモノフィラメントとし(ある程度太くても可)、それを用いて抗菌試験を行えば十分繊維での効果が推定できますし、単独での特許出願は可能であったと思われます。
このように川上企業と川下企業との共同出願は危険な要素が潜んでいます。 共同出願契約で川上の不利益を緩和する条件がつけられることもありますが、完全に解消されるとは限りません。 素材メーカーで知財をやっていると良く出会う事例で、研究・営業にも理解してもらっているはずなのですが、実際の場面ではどうも忘れられがちなので紹介させていただきました。 (なお、このような共有特許の扱いは国によって異なりますので、外国出願する場合にはその国の特許法に合わせた対応が必要です。)